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23.「声にも、正直な声、不正直な声・・」?人の声を考える山さんのコラム
私達が何気なく話している声ですが、その人の聴き方や感じ方によっては、いろいろな受け取り方があるようです。詩人の三好達治氏に「声にも、正直な声、不正直な声やつくり声や、形式的な声があるようである。乏しい声を聞くのは愉快でない。」 という言葉があります。また、「その人の話す声には、その人の教養や人間性のみならずその人の生き方も感じられる」(間違っているかも知れないが、概要ですのでお許し下さい)という誰かの言葉かは思い出せませんが、山さんの記憶にあります。いずれも、何と考えさせられる言葉ではありませんでしょうか?
現職の頃、用事があって電話をかけた時に、知っている方だと明るく親しそうに受け答えをするが、知らない方だと事務的につっけんどんな応対をされた記憶が何回もあります。まれですが、どなたに対しても単なる事務的ではなく、心から明るく爽やかに応対してくれる方がいて本当にいい気持ちになったこともあり忘れられません。そんな方は、実際にお会いしてみるととても誠実で感じが良く、人間的にもすばらしい方でした。正に、『声は人柄を感じさせる』ものだと実感させられました。山さんも声には気をつけてきたつもりですが、「教養や人間性、生き方」までも感じられるとなれば、うかつに声を発せられない気がして躊躇してしまいそうです。
考えてみれば、声にはどうしてもその時の感情が一番先に出て伝わってしまい、話しているうちにその人の知性や教養の中身が声を通して相手に感じられるのだと思います。別な見方をすれば、受け取る側の知性や教養の違いもあるのかもしれませんが、いずれにしても自分の声には自分で責任を持つしかありません。どんな相手に対しても、誠意を持って対応していればその声には、その人なりの一生懸命さと人柄が感じられるものだと思います。
持って生まれた親からの授かりものである声ですが、その大事な声を作っていくのは自分でしかないのですから、時々自分の声や話し方を振り返ってみるのもいいことなのではないでしょうか?声にはその人の仕事の状態や生活観がもろに感じられているのかも分かりません。自分の仕事や生活、生き方に満足していれば、自ずと発する声にも明るさと心の余裕や自信も相手に伝わっていくのだと思います。これを機会に、少しだけでも自分の声や他人の声に注意を傾けてみるのもいいのではないでしょうか?今回は、ちょっと気になる声に関する話でした。
2008.07.30
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